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    電脳コイル〈3.00〉 -第18話 あなたはいさましいこ-


     メガマスによると、一斉フォーマットの結果、危険な空間は完全に抹消したそうです。

    A part

     事件から1週間が過ぎた。
     イサコはまだ学校に来ない。最初は騒いでいたみんなも、ここ数日で急に静かになってしまった。イサコがいない環境に慣れたのだ。余計な詮索がないのは本人のためにいいのだろうけど、みんながイサコを忘れていくようで、俺は寂しかった。
     放課後、俺は誰ともつるまずにまっすぐ家へ帰った。事件が起きてからこっち、黒客はもちろん、探偵局も開店休業だ。公式にはフォーマットを終えたといいながら、メガマスはまだ警戒態勢を解除してないらしく、時々2.0の姿を見かける。
     金魚にエサをやりながら、窓に映った空を見上げる。灰色だ。メガネを通しても、そうでなくても。頭の芯がぼやっとする。俺はこのまま金魚マニアになるしかないのだろうか。
     とその時、救いの神のように電話が鳴った。はね起きて発信元を確かめる――ハラケン!?
    「おう、ダイチだけど。……どうした?」
     ハラケンとは事件以来1度も口を聞いていないのだ。
    「いや、ごめん――っていうか謝ろうと思って。ごめん」
    「謝る? 俺にか」
    「う、うん。それもそうなんだけど」
    「なら今謝ったろうが」
    「いや、うん。でも――」
     どうも要領を得ない。が、俺にはなんとなくハラケンの言いたいことがわかった。
    「とにかく一旦俺んとこ来いよ。話はそれからだ」
    「ああ。ありがとう」
     ハラケンはようやく少し朗らかな声を出した。

     5分後にハラケンは俺の部屋にいた。つまり電話をかけようかどうしようかと迷いに迷って、結局かけたのは俺の家のすぐそばまで来てからだったというわけだ。
     ふたりともしばらくは黙って部屋の隅を見つめていた。
     先に口を開いたのはハラケンだ。
    「果し合いの時に僕が裏切ったってわかったのに、どうして何も言わなかったんだい」
     ハラケンの声が思ったより穏やかだったことに俺は安心し、だが一方でどこか反発を感じてもいた。だからというわけか、答えの前半には同情が、後半にはいらだちが、それぞれこもった。
    「お前が探偵局を裏切るのならそれなりの理由があると思ったからだ。そいつを先に確かめたかった。結果としちゃ大失敗だったけどな」
     ハラケンは目を落として声もなく笑った。
    「理由を知ったら君は怒ったろうね。僕の動機は、完全なわがままさ。子供っぽい、僕のわがまま」
    「カンナがお前を止めてくれたからこそ言えるセリフだな」
     どういうわけか、ハラケンが落ち着けば落ち着くほどに俺のいらだちは高まるようだった。
    「もしカンナがお前に逆らわなかったらどうなってたろうな」
     ハラケンは首を振った。
    「カンナはそうしない。絶対にしない。僕がカンナを好きになったのは、カンナがそんな子だからだ」
     そのままゆっくりとうつむく。
    「だから、僕は完全に間違ってたんだ。すまない」
    「いいんだ。俺はもう」
     それはまあ、嘘だ。俺にだって言いたいことはたくさんある。けど、放っておけばハラケンの肩は震え出すだろう。俺が見たいのはそういう結果じゃない。謝るべき相手に、きちんと謝ってほしい。
    「行こうぜ」
     ハラケンは驚いたように顔を上げた。
    「どこへ?」
    「お前が決めんだよ」

     そういうわけで俺たちはメガシ屋へやってきた。ハラケンは、いきなりイサコの家へ行く勇気は出なかったらしい。とはいえ俺もそこは同じで、情けない話だが、ハラケンの選択にややほっとしていた。
    「皆さん、ご迷惑をおかけしました」
     居並ぶ小此木先生、メガばあ、ヤサコの3人に向かって、正座したハラケンが深々と頭を下げる。
    「もういいのよ、私たちは。終わったことじゃない」
     ヤサコが小さく笑って首を振った。メガばあもうなずく。
    「カンナの付き添いなしで来たのはほめてやるぞい。余計なのが1匹おるがの」
    「余計はねえだろ。せっかくついてきてやったのに」
    「まあまあ、怒るな、ダイチ。ハラケンもこれで探偵局復帰じゃな」
     小此木先生が無難にまとめて、
    「しかし、問題はこの先じゃて」
     少し眉をひそめた。
     俺はここで、一番気になっていた疑問を口にした。
    「メガマスが空間のフォーマットは終わったって言ってるよな。あれ、本当なのか」
     もしそれが事実なら、イサコの兄さんがこっちに戻ってくる手段はない。それどころか、最悪古い空間と一緒にデリートされてしまった可能性もある。
     俺の顔色を読んだメガばあが口を出した。
    「安心せい。”あっち”自体は残っておる」
    「本当に!?」
     ハラケンがぱっと顔を輝かせた。
    「オババのいうとおりじゃ。2.0の本体が古い空間にあったのはおぬしらも見たろう? メガマスは古い空間を手つかずの空き地として利用するつもりじゃ。消したりはせん。よってミチコも天沢信彦も、まだ”あっち”に存在する」
     俺は思わず大きなため息をついて、ハラケンと顔を見合わせた。とりあえず、最悪の事態は免れたらしい。
     だが、ヤサコの言葉が俺たちの気持ちを破った。
    「悪いけど、ふたりとも、安心するのは早いのよ。”あっち”が残ってることはわかった。でも、”あっち”に行く手段はもうないの」
    「何だって!?」
     俺とハラケンはまたも顔を見合わせた。小此木先生がしぶい顔でお茶をひと口すすり、話し出す。
    「メガマスはの、古い空間を残す代わりに、通常空間の接点を徹底的に管理して、2度と空間事故が起こらない体制を整えつつあるんじゃ。具体的には、空間管理室からメガマスへの大幅な権限移譲と、サーチマトンとして2.0の正式配備じゃな。昨日の大黒市議会で、メガマスは大黒の電脳空間を特別保護区として管理する条例を、超スピード採決で通してしまったんじゃ」
    「け、ケンゲンイジョー? トクベツホゴク?」
     当然俺には何のことやらさっぱりわからない。メガばあがちらと俺を見て口を開いた。
    「ダイチの頭にもわかるようにかみ砕いていえばこうじゃ。大黒市内の電脳空間の管理は、今まで空間管理室がやっておったろう。つまり、サッチーを走らせて空間のメンテをするのは大黒市だったわけじゃ。じゃが、今後は電脳空間を直接メガマスがメンテする。裏を返せば、これからはメガマスのやりたい放題じゃ。サッチーの代わりに2.0が巡回するようになるから、古い空間との接点は徹底的にフォーマットされるの。それどころか、今までみたいなお茶目なツールを使ったメガネ遊びもできん。商売あがったりじゃ」
    「オババ、お店のことはいいから。それより、何か方法はないの? 例えばメガシ屋の中に古い空間を作ったりとか。あっ、鹿屋野神社でもいいわ」
     ヤサコは無理に明るい声で言ったが、メガばあは左右に首を揺すった。
    「残念ながら、それもダメじゃ。2.0の正式名称は、電脳治安維持法に基づく……、基づく、何じゃったかの」
     オジジが後を引き継ぐ。
    「『電脳治安維持法に基づく緊急避難的措置としての超法規的電脳装置』じゃ。そういっても何だかわからんじゃろうがの、要は、電脳空間維持のためなら、2.0は法律を無視して行動できる。フミちゃんからの又聞きじゃが、黒客のアキラ君の体験では、実際に2.0は鹿屋野神社に入ってきたそうじゃ。先週の一斉フォーマットの時、空間異常の激しかった地域では民家に侵入してきたという情報もちらほら入ってきておる」
    「そんな……。じゃあ、僕たちは一体どうしたら」
     ハラケンがつぶやいて頭を抱えた。
    「オバちゃんとか宗助さんを通じて対抗手段が取れないのか」
     思いついたことを聞くと、メガばあは再び首を振った。
    「ふたりは先週の騒ぎの責任を取って出勤停止になったぞい。無期のな。事実上のクビじゃよ。今回ばかりは、本当に打つ手なしじゃ」
     重い空気が降りた。いくら考えても、この状況を打開できるような方法は思いつかない。
    「そうじゃ、先週の騒ぎといえば、ひとついいニュースもあるぞい。メガマスでは、事件は全て空間管理室の怠惰によって引き起こされた、ウィルスの一時的大量繁殖によるもの、と結論づけるそうじゃ。よって、イサコのやったサイバーテロは不問に付される。強力なオートマトンを導入しておきながら、小学生の単独ハッカーにやられましたとは、メガマスも口が裂けても言えんようじゃな」
    「そうか……」
     不幸中の幸い、だろうか。俺は今日何度やったかわからんが、またしてもハラケンと顔を見合わせて、ふたりで大きなため息をついた。
    「これからイサコの家へ行くの?」
     気がつくと、ヤサコが俺たちを見つめていた。ハラケンが口ごもったので、代わりに俺が答えた。
    「そのつもりだ。ヤサコはもう行ったか」
    「ううん」
    「じゃあその、どうだ? お前も一緒に行かないか。そうだ、フミエも呼んで、4人で」
     道連れはひとりでも多いほうが頼もしかった。
    「そうね……」
     うなずきかけたヤサコを、意外にもハラケンがさえぎった。
    「待って。イサコの家には、僕たちだけで行く」
    「えっ、何でだよ」
    「その……、ヤサコには、今度の事件で特に迷惑をかけたから。これ以上力を借りるのは悪いよ」
     ヤサコは黙ってハラケンを見ている。
    「そうじゃ、そろそろ店番に戻らんと。2.0が来る前に店のおもちゃをたたき売らんといかんでな」
    「わしも病院に行くとするか。情報集めもあるし、そもそも最近腰が痛くての」
     メガばあと先生のふたりはさっさと部屋を出ていき、俺は取り残された。さっきよりも深い沈黙がやってくる。
     許したといっても、ヤサコの心にはまだわだかまっているものがある。それは俺にだってわかる。
    「ヤサコ、本当にごめん。僕は本当にひどいことをした」
     やがてハラケンが言って、畳に手をついた。
    「もういい、いいの――」
     ヤサコはやや虚ろに答え、その後でうつむいた。
    「やっぱりダメかも」
     ヤサコは突然立ち上がった。
    「ちょっと来て」
     ハラケンのすそをつかんで強引に立ち上がらせ、床の間からいずこかへ引きずっていく。
    「お、おい」
    「ダイチ君はそこで待ってて」
     ヤサコはぴしゃりと言ってのけ、襖を閉めた。
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