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    電脳コイル〈3.00〉 -第17話 思い出の帰る日-

    I part

    「夕暮れがきれいなのは何故か、わかる?」
     僕は言った。

     小さい頃から僕はいつも、一見くだらない、答えのない問いの答えを探していた。するといつも、懐かしさと恐れのない交ぜになった感情がわき上がる。
     その感情をなんと名付ければいいのかわからない。半分は宙ぶらりんな気持ち、けれどもう半分はこれで良かったのだいうわけもない安心感。春の穏やかな午後のようにゆったりとした気分で、僕は幸せさを感じる。同時に寂しさ。僕の心をのぞけるのは僕ひとりだから、僕は一生、僕ひとりに違いない。
     それはカンナと会ってからも変わらなかった。お互いひとりっこで家も近かった僕たちは出会ってすぐ仲良くなった。でも、僕は僕のくだらない問いをカンナには明かさなかった。カンナは多分、僕が人生で初めて会った他人なのだ。だから僕はカンナと一緒にいて時に怒り、傷つき、いらだった。ケンカもした。それでもふたりでいて、なんとなくそれが当り前だと思っていた。
    「『わかりあう』って大事よね」
     いつかカンナがそう言った時、僕は笑ってしまった。カンナのいうことはとても幼いか、それとも非現実的に思えた。僕たちがわかりあうことはない。僕はそう信じていたからだ。
     そう伝えるとカンナは答えた。
    「そうね。それでも大事だと思わない?」
     僕は心に鈍い衝撃を感じた。カンナと僕は、僕が考えている以上に違ったから。それでいて、カンナの言葉は僕の心の別の部分を刺した。
     僕たちは違う。それでも、お互いの言葉はお互いの心に何かを伝える。それは時々、僕たちの違いをはっきりと示して悲しい。けれど、その違いから新しい風景を見つけることができる。
     好きだと伝えあった時、僕たちはわかりあっていた。すぐその次の日にはそれがひとりよがりだったのではないかとも思ったけど、カンナといると僕は何かがつながっているのを感じた。引越しの日が近づくにつれその感じはますます強く僕の心の隅々にまで根を張った。

    「夕方の太陽の光って空気の中を進む距離が多くなるでしょ。そうすると青い光が散らばって、赤とか黄色がよく見えるようになるんだって」
     僕はぽかんとした。カンナはウィンドウを立ち上げて、どこかの事典サイトを見ている。
    「おもしろいわね」
     カンナは僕を振り返り、首を傾げた。不安定に髪に引っかかったハルジオンがくるりと向きを変える。僕は笑っていた。
    「待って」
     カンナは平手を突き出して僕の答えを押しとどめた。
    「そういうことじゃないっていうんでしょ。もちろんそう。だけどそうじゃないかも。私って意外とそういうこと調べるの好きなんだよ。知ってた?」
    「いや」
     僕はほほえんだままで短く答えた。いわれてみればカンナは理科の成績がとてもいい。
    「行こうか」
     立ち上がると目の前に横断歩道と歩行者用信号があった。信号は青だけど、すぐに点滅が始まるだろう。僕たちは行かなくちゃ。
    「私を連れていきたいの」
     僕を追って立ったカンナが聞いて、大きな瞳で僕を見すえた。
    「そうだ」
     僕はうなずく。
    「”あっち”に行けば、僕たちはこれからずっと、永遠に一緒だ」
    「さっきこわいっていったくせに」
     カンナはいたずらめかして笑った。笑いの奥に違う感情がのぞいた。
    「こわいさ、何もかも。進むのもこわい、帰るのもこわい。でも一番こわいのは」
     カンナを失ってしまうことだ。僕がカンナを見つめると、涙がひと筋こぼれた。
     カンナは不思議そうに涙を眺め、そして言った。
    「研一が私を好きだっていってくれるの、すごくうれしい。私が研一を好きなのも同じくらい。だから行かない」
    「行かない?」
     僕の思考は少し混乱した。カンナが”あっち”に行くのを嫌がるかもしれないとは予想していた。けれど、うれしいなら。
    「僕はカンナのことが好きだ。カンナも僕のことが好きなんだろ。だったら一緒に行こう。それが僕たちがふたりきりでいられるたったひとつの方法なんだから。僕たちが幸せになれるたったひとつの――」
     僕はカンナの手を取った。温かい手。カンナは僕を見つめたまま、力強く手を握り返した。
    「このまま行っても、研一は幸せになれないわ。私も」
    「そんなことない!」
     僕は首を振る。
    「僕がカンナを幸せにする。それに、カンナが幸せなら僕も幸せなんだ。絶対だ」
    「研一の気持ち、とてもうれしい」
     カンナの声ははっきりと響く。全てがあいまいに温かい夕焼けにひたされたこの空間で、その声には少しだけ違和感があった。
    「でも、研一もさっき言ったでしょ。私たちって変わっていくものだよ。変わらないのはおかしい。ずっと、永遠にって、違うよ。私たちが望んでることと」
    「違わない! 僕の望みは変わらない。カンナ、君だって。行けばわかる」
     そこでカンナは目を落とした。
    「行くよ」
    「え?」
    「行く」
     カンナは僕たちのつないだ手を大げさにふってみせた。
    「私の言いたいことは言った。私はきっと幸せになれない。でも研一が幸せならそれでもいいよ。行こう」
     カンナは横断歩道に向かって歩き始める。僕は慌てて止めた。
    「ちょ、ちょっと待って」
    「どうして? 研一が行きたいって言ったんでしょ」
    「そりゃ言ったけど、でもこれじゃダメだ。僕はカンナに幸せでいてほしい。僕がカンナを幸せにする。それをわかってもらってから”あっち”へ行きたいんだ」
     カンナは振り返った。視線が僕を射た。
    「私は変わりたい。変わっていっても研一のことを好きでい続けたい」
     僕は答えられなかった。
    「研一がもうこれ以上変わらないでいてほしいなら、私は研一と一緒に行くわ。でも、私がそれを幸せと感じるようになるなら、それは研一が望んだ、研一の心の中だけの私にすぎない」
    「違う……」
     それは違う。僕はありのままのカンナが好きだった。僕の心の中で、自分勝手にカンナの虚像を作り出したりはしていない。
    「私ってけっこうイヤな子だよ。たとえばヤサコのこととか」
     カンナはさっきまでヤサコの立っていた方向を見ながら言った。
    「私、ヤサコのこと好き。友達になりたかった。だけどヤサコが研一を好きだっていうのも気づいてた。だから私から近づいたの。仲良くなれば、ヤサコのほうからあきらめてくれるだろうと思って。ヤサコがなおさら傷つくのわかってて、そうしたの」
     僕はさっきのヤサコの姿を思った。そうして、カンナとヤサコというのを思った。それはひとつの疑問で、その疑問は澱のように残った。
    「イサコちゃんも同じ。イサコちゃんが暗号を使って危ないことをやってるのを知ってて、私は止めなかった。探偵局のみんなは、ケンカになっても止めようとしたのに。私ひとりずるかった」
     そういえばイサコは、僕の前でだけ不安そうな表情を見せることがあった。僕たちと途中で別れたイサコはどうなったろう。
    「そんなずるい私が、私は嫌い。研一、知らなかったでしょ」
     僕は息をついた。
    「僕は好きだ」
     知ってる。僕はそんなカンナの弱さも、自身の弱さに傷つく心も知っていて、それがみんな好きだ。それに、カンナは必ず弱さを乗り越える。これまでもそうしてきた。これからも――?
     これからをなくしたら、カンナは変わらない。
    「変わらない私は幻」
     カンナがつぶやいたのを聞いて、僕が気づいたことがある。
     僕は変わっていくカンナが好きだった。
     成長する、と言ったら、齢が同じなんだからおこがましいのかもしれないけれど、たとえ同じものを見たとしても、昨日のカンナと今日のカンナではその受け止め方が違う。僕にはその些細な違いがよくわかって、何故か知らないけれどうれしかった。そうして、カンナに引っ張られて僕自身も変わってきた。その結果が今の僕で、それはやっぱり、これからも。
     でも、カンナがいなくなったら。
    「僕にはわからない」
     カンナのいないままに変わる僕はこわかった。でも変わらないのもこわい。嘘だった。僕は嘘の中に僕たちを閉じ込めようとして、だけどそうしなかったらカンナはいなくなってしまう。
     僕はいつの間にかしゃがみこんでいた。カンナの影が僕にかかる。全てを飲み込みそうなくらいに黒い影だった。
    「いなくならないよ」
     よく見ると僕にも影があった。
    「私はここにいるよ。研一もいなくならないで。私にはそれで十分」
     そういえるカンナは強いと思った。僕なんかよりよっぽど。そうして僕は。
    「帰ろう」
     カンナとみんなと一緒に、これからも変わっていく。

    「さっきの答えね」
     出口が見えてきたころ、カンナがふとつぶやいた。
    「沈んで、巡るから」
     多分正解だ。それを確かめに、僕たちは戻る。
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