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    2つのSF映画

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    まずお詫びから。
    小説の更新が遅れまして申し訳ありません。

    最近になって、本業と小説書きという2足のわらじ効果により、体調不良というスキルを手に入れました。具体的にどういうものかというと尾籠になりますので書きませんが、まあ困ったものです。
    そういうわけで昨日、今日と伏せっており、夕になって少しマシになったので『3.00』をいっぺんでかたしてしまおうと思ったところ、FC2ブログには投稿制限があって、1日30件が最大なんですね。必要理由を明記して申請するという方法もありますが、開設早々で気が引けますし、ここは上限を守っていこうと思います。
    『3.00』はこれまでに97パート書いてきましたので、話数の区切りで調整を入れても、木曜の深夜には新作まで行き着くはずです。訪れてくださった読者の方がいらしましたら恐縮ですが、もう少々お待ちください。


    時に全く話は変わって、SFという言葉を前世紀に置き去りにしてから久しいですね。

    などというとイーガンあたりのファンの方に怒られるかもしれません。他ならぬ『電脳コイル』もSFですしね。
    もちろんイーガンら現代のSFの旗手の作品が前世紀の作家たちに比べて見劣りするなどと言いたいわけではありません。むしろ、個々の作品の質というよりは、SFという概念に対する世間的な印象が変化したと言うべきでしょうか。かつてSFと聞いて私の想起させられた一種の崇高さと猥雑さ、神秘性、俗悪性といった観念は、近年急速に漂白されてしまっているように感じます。

    となれば、SFがまさにエスエフしていたころ、20世紀の中葉にて黄金期にあったSFを代表する作品は何が挙げられるでしょうか。ぱっと思いつくだけでもアシモフ、クラーク、ハインラインにオールディスときら星のごとき作家たちが浮かんできますが、私としてはあえて小説を外し、まさに20世紀的なメディアである映画から選びたいと思います。すなわち『2001年宇宙の旅』と『惑星ソラリス』です。ちなみに超ネタばれですのでご注意を。


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    2つを比べれば、知名度では『2001年』が勝りますかね。言わずと知れた、猿の頭が良くなってしまう映画です。一応書いておくと、『猿の惑星』と混同しているわけではありません。

    人間にとって「頭が良くなる」ということは原理的に非常に重要で、なにせ文明を作るのも維持するのもさらには発展させるのも、よほど頭が良くなくてはなりません。頭が良くなるとわからないこともたくさん出てきて、そのわからないのを理解したいのとこわいのとで、これを征服して繁殖するのが人間の本能です。ゆえに宇宙に出ていって、いやでも頭が良いってだけならコンピュータのが……とかいう異論も振り切ってもっと頭が良くなる。
    生物としての人間は確かにそういうもので、そういう生物としての人間を独善的なまでに表した映画だからこそ、その描写は徹底的に内面を省き、ただ現象としての「頭が良くなる」、それを体験する人間との界面だけを描き続けます。

    音楽はリヒャルト・シュトラウスの『ツァラトゥストラ』、ニーチェの超人思想に題を取ったピカッと翳りのない序奏部分です。リゲティの一連の作品も、その無機質なおどろおどろしさがあの頃の未来を思わせます。思わせすぎて、今見ると少々ノスタルジックですが。ヨハン・シュトラウスのワルツだけは毛色が違いますが、あれも本来持つ退嬰のしなは洗い流して華美、太陽光に照らされたステーションの白ですね。

    描くのは光、闇の黒は光でない部分、つまりあってもなくてもいいところというこの割り切りよう、よく考えるとうさんくさいのも放っといて実にひたすら恰好良いです。


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    さて、そんな完全いいとこ取り、苺ショートの苺だけ食べちゃった的な『2001年』の対極にあるのが、ソヴィエト・ロシアの鬼才タルコフスキーの『惑星ソラリス』です。この映画はわざわざケーキのスポンジを引っぺがして、うわあやっぱり間に挟んである苺はいたみかけだよというものです。味だけならクリームの甘さでこまかされてわからないんだから見なければいいのに、つい見ちゃうんですね。

    『ソラリス』のあらすじをかいつまんで説明しますと、惑星ソラリスを調査していた宇宙ステーションで怪事件が勃発する。事件の詳細はいまいち不明なものの、乗員の精神が危険ということで、心理学者の主人公がステーションに向かう。そこでなんと、主人公は自殺したはずの妻と出会う。実はソラリスの海は知性を持っており、ステーションの乗員の意識を反映して実体化していた――という話です。

    あらすじから想像がつくように、物語はひたすら主人公の外面化された内面と、そこから想起される内面だけの内面を追っかけます。主人公の内面は追憶です。過去は美しい水と火、自然の描写となって主人公を誘い、そうして主人公はできればそこに戻りたいと思います。しかし本当に戻った妻は、愛情とともに後悔の感情を主人公に抱かせます。
    現前したユートピアはディストピアとなる。それが証拠に妻は自殺を繰り返します(未遂ではなく本当に死んでまた生き返ります)。宇宙に行こうが進化しようが人は他者との関係において人であり、そしてもしかするとそのあなたと私の関わりこそが人の救われなさの源泉であるかもしれないのです。

    劇中の要所で必ずといって良いほど挿入される音楽はバッハのコラール『主イエス・キリスト、我汝を呼ぶ』です。極端な起伏もなく、求めかけてはまた戻り訥々と進む曲調は映像と見事にシンクロし、そして不思議なことに驚くほど美しい。通じないと知って求めるその哀れさ、あるいは愚かさというものが、観る者に一種の憧憬の美を感じさせます。タルコフスキーは「救済」ということを主題に映画を取ったそうですが、皮肉なのかどうなのか、救われなさと救いは本質的に同じなのかもしれません。

    読めばおわかりでしょうが、私は『2001年』より『ソラリス』が好きですね。劈頭に置いたブリューゲルの絵は、『ソラリス』の中でも1、2を争う名シーンで登場するものです。
    レンタルショップでもあまり見かけない本作、視聴の機会はまれかもしれませんが、ぜひ1度観てほしいと思います。
    そんなこと言ってもあらすじを知っちゃったから退屈だよという方、知っても知らなくても退屈ですから、安心してどうぞ。
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